岐阜・郡上八幡「いがわ小径」へ。清流と、鯉と、…まさかの“打ち首”の掟!?

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岐阜県郡上八幡の人気スポット「いがわ小径」。

そこは、ただの映えスポットではありません。実は、現代のコンプライアンスを遥かに超越した「命がけの美意識」によって守られている場所なのです。

庭先に鯉が泳ぐ、郡上八幡の圧倒的な「水の日常」

いがわ小径を歩くと、まず驚くのがその美しさ。そして、当たり前のように個人の家の軒先や水路で悠々と泳ぐ、色鮮やかな鯉たちの姿です。
郡上の人々にとって、水は「流れていくもの」ではなく「共に暮らすもの」。自分の家のすぐ下を流れる水路に鯉を飼い、毎日その体調を気遣う。この街では、水路は公共の場であると同時に、自宅の延長線上にある大切な空間なのです。ゴミひとつ落ちていないその光景は、住民の方々の圧倒的な美意識の結晶と言えるでしょう。

美しさを守るのは「打首獄門」の掟!?

これほどまでに平和で美しい景観を維持するため、この地には古くから戦慄の「掟」が存在します。
いがわ小径を泳ぐ鯉は、実は「常盤地蔵尊」の化身であり、街の守り神。ゆえに、この鯉たちを汚す不届き者に対しては、古くから伝わる苛烈なルールが掲げられてきました。

一、この水路に空缶・空瓶其の他ゴミ類の投込みを禁ず
一、この水路に生息する鯉を虐待、または捕獲することを禁ず
「掟を犯した者、町内を引き回しの上、打首獄門に処す」

……ええ、聞き間違いではありません。「打ち首」です。
現代なら「不法投棄禁止」の看板で済むところを、ここでは「首をはねて、その首を晒す(獄門)」という、戦国時代もびっくりのフルコース。
「ちょっと鯉を驚かせてみた」「うっかりゴミを捨てちゃった」そんな軽い気持ちで一線を越えようものなら、町中を引き回された挙げ句、断罪される。この「美しさを守るためなら、命も惜しまない(あるいは奪う)」という極限のストイックさこそが、いがわ小径の美しさを支えている「狂気的なまでの美意識」なのです。
もちろん、現代で実際に刀を持ち出すお代官様はいませんが、今もこの看板が掲げられているのは、郡上の人々にとって「水を守ることは、この街の魂を守ること」そのものだから。

打ち首を免れた先に待つ、極上の休息

「打ち首」というパワーワードに少し背筋が伸びた後、改めて水路を眺めてみてください。 厳しい掟があったからこそ、今も私たちの目の前には、汚れひとつない清流が流れています。その歴史の重みを噛み締めながら歩く200mは、単なる散策以上の体験になるはずです。「水と翠」では、そんな命がけで守られてきた美しい水の恩恵を、心ゆくまで享受できる空間をご用意しています。