記憶の水脈、気配のゆくえ 〈坂爪亜蓮 特別インタビュー〉

  • 水と翠情報

4月29日より「水と翠」にて、金属造形作家・坂爪亜蓮の個展が開催されている。作品の前に立つと、記憶の奥底で何かが静かに揺らぎ始めるような、不思議な感覚に包まれる。硬質なはずの鉄が、まるで呼吸するかのように柔らかく、しなやかに存在している——その気配から目が離せない。

郡上に生まれ、現在は東京を拠点に制作を続ける坂爪に、ふるさとでの個展に込めた想い、そして作品の根底に流れる“見えない感覚”について話を聞いた。

ふるさとへ向けた「報告」としての個展

——現在の活動について教えてください。

坂爪:東京で学びながら、金属を用いた造形作品の制作に取り組んでいます。素材の持つ硬さや重さと向き合いながら、その中に潜む柔らかさや揺らぎを引き出すことを意識しています。

——郡上で個展を開く意味については、どのように考えていますか。

坂爪:今回の展示は、これまで支えてくださった方々へのひとつの「報告」のような意味合いがあります。自分がどのような歩みを経て今に至り、これからどこへ向かっていくのか。その軌跡と展望を、この場所で共有したいと考えました。

展示タイトルにも、“これまで”と“これから”をつなぐ意識を込めています。自分の現在地と、その先にあるものを、誰かと分かち合うための機会です。

水の記憶がかたちをつくる

——郡上での原体験は、作品にどのような影響を与えていますか。

坂爪:大きく影響していると思います。美並で育ち、周囲には山や田んぼ、そして長良川がありました。水に囲まれていることが当たり前の環境で育ったことが、自分の感覚の土台になっています。

水は自分にとって原風景のような存在で、その流れや波の感覚が、作品の中にも自然と現れているのだと思います。

——鉄という無機質な素材でありながら、生命的な印象があります。

坂爪:整った人工的な形よりも、揺らぎや不規則さを含んだ有機的な形に惹かれます。そうした感覚は、育った環境と深く結びついている気がします。

言葉になる前の感覚を、かたちにする

——制作は最初から形を決めて進めるのでしょうか。

坂爪:いえ、作りながら徐々に形が立ち上がっていく感覚です。自分でも完成形は最初からは見えていません。

もともと、自分の気持ちを言葉にするのがあまり得意ではなくて。ただ、内側にある感覚そのものは確かに存在していて、それを外に出さずにいることはできない。だから作品は、それを外に出すための媒体のようなものなんです。

「作る」というよりも、内側に溜まっていくものを、かたちとして解放している感覚に近いかもしれません。

記憶の水脈と、気配のゆくえ

——タイトル「記憶の水脈、気配のゆくえ」には、どのような意味が込められているのでしょうか。

坂爪:水の記憶と、自分自身の記憶を重ねています。この土地で経験してきたことや感情が、今の思考や行動につながっていて、それが無意識の中で流れ続けている——そんなイメージです。

普段は意識していなくても、ふとした瞬間に立ち上がる感覚がありますよね。現れては消えるけれど、決してなくなることはなく、心の奥に残り続けているもの。その流れを“水脈”という言葉で表現しました。

——作品を見ていると、自分の中の感覚がゆっくり動き出すように感じます。

坂爪:そうした体験が、この展示の中で生まれたら嬉しいです。何かを理解するというよりも、自分の内側にあるものに触れる時間になればいいなと思っています。

「見る」から「過ごす」へ

——宿という空間で作品を体験することには、どのような意味がありますか。

坂爪:作品を“見に来る”というより、この場所で過ごす中で自然に感じてもらえたらと思っています。何かを持ち帰るというよりも、ここで過ごす時間の中で、自分の中にある感覚が少し立ち上がる。そんな空間になればいいなと。

表現は、ひらかれていく

——今後挑戦してみたいことはありますか。

坂爪:空間全体を使ったインスタレーションや、屋外での大きな作品にも取り組んでみたいです。今は環境的に制限がありますが、もし制約がなければ、もっとスケールの大きな表現にも挑戦したいと考えています。

——誰かと共有するという意識も、これから強まっていきそうですね。

坂爪:そうですね。以前は自分の中で完結する部分が大きかったのですが、展示を重ねる中で、人とつながることの大切さを実感するようになりました。

言葉についても同じで、得意ではないですが、誰かと関係を築くためには必要なものだと感じています。これからは言葉とも向き合っていきたいと思っています。

この場所で、自分の流れに触れる

本展は、何かを理解するための展示ではない。
むしろ、言葉になる前の感覚や、まだ形を持たない記憶に、静かに触れていくための時間である。

宿泊というかたちでこの空間に身を置くことで、作品は単なる鑑賞対象ではなく、時間とともに変化する体験へと移り変わっていく。

展示を見たあとには、ぜひ吉田川へ足を運んでみてほしい。流れる水を眺めていると、その一筋一筋に、自分自身の記憶や時間が重なっていくような感覚が生まれるだろう。

作品の中にあった“流れ”と、目の前の川の流れが、どこかで静かにつながっていく。
自分の内側に流れる記憶の水脈と、この土地が持つ水の記憶が、ゆるやかに交わる瞬間。

ここで過ごす時間が、あなた自身の“ゆくえ”をそっと映し出すものになるかもしれない。

【作家情報】
岐阜県郡上市出身の作家・坂爪亜蓮。
現在は多摩美術大学大学院に在籍し、内面に浮かぶ心象風景を金属加工によって可視化。
記憶や感情の奥に揺らめく“内なる自然”を、繊細にかたちづくります。

【開催情報】
2026年4月29日 – 7月4日 11:00 – 14:30 ※不定休有り
入場無料

【開催日について】
・本展は一棟貸し宿「水と翠」内での開催となるため、 宿泊予約が入っている日は一般開放をお休みします。
・一般開放日と作家在廊日はHPトップページのイベントカレンダーをご確認ください。
・前日、Instagramストーリーズでもご案内します。